2 赤外線調査のメリットとケーススタディ
赤外線調査のメリット
(1) 居住性
赤外線サーモグラフィによる調査では外壁の周囲に足場を掛けたりゴンドラを下げたりする必要がなく、現場作業は外部からのカメラ撮影なので居住性を損なうことなく調査することができます。
◆ 共同住宅
たとえばマンションであればそこで生活する居住者は音や振動で静かな生活環境を乱されたくないと考えていますし、直近で打診などの調査をされるとプライバシーが気になったりもします。その点赤外線撮影による調査であれば、時間的にも短くて済みますし、音や振動などが出る作業でもないのでほとんど調査を意識することなく日常生活を送ることができます。
共同住宅
共同住宅
共同住宅
◆ 教育施設
教育施設の場合、音や振動の出る作業のときは授業時間にかからないような時間帯での調査が望まれますが、赤外線調査であればそのような心配はしなくて済みます。
教育施設
教育施設
◆ 線路に面した建物
線路に面した建物の場合、終電が通った後、始発電車が動き出すまでの深夜の時間帯での作業を要請されることも多いですが、打診作業の場合静かな深夜には迷惑となることもあります。赤外線撮影による調査は、公共交通への影響がないため日中の調査が可能で音も出ないのでその点でもメリットがあります。
線路に面した複合施設
◆ 病院、医療施設
病院、医療施設は、特に入院設備のある建物の場合、患者さんの居住環境は健常者以上に静かさが要請されます。また24時間稼働し続ける施設でもあり、そこで働く数多くのスタッフや出入りする様々な業者を考えると、時間をかけてしかも音や振動の出る作業は極力避けたいのが実情です。その点赤外線撮影による調査は時間的にも短く音や振動も出ない作業なのでこのような施設にぴったりの調査手法となります。
病院
病院
病院
◆ ホテル
ホテルもまた、病院と同様に静かさが必要とされなおかつ1日中活動を止めない建物です。宿泊者やスタッフ、数多くの社外の関係業者にほとんど迷惑をかけずにできる赤外線撮影による調査は時間的にも短くすむのでこのような施設にも適した調査手法となります。
ホテル
ホテル
◆ 事務所
事務所の場合、日中室内での業務をしている執務者にとって出来るだけ外部からの音や振動などは避けたいものです。上記と同様に非常に適した調査のしかたとなります。
事務所
◆ 店舗
店舗の場合建物内の利用者・スタッフの方が調査を意識することなく過ごせることはもとより、にぎやかな立地が多いだけに、付近を通る通行人の方々にほとんど迷惑をかけることなく調査することができるのもメリットとなります。
店舗
温度環境にもよりますが、夜間撮影も可能です。
夜間撮影
(2) 効率性
現地調査はサーモグラフィでの撮影なので事前の計画さえしっかりしていれば
打診などに比べて現地での作業は短時間で済みます。
標準的には調査対象外壁面1日あたり2,000平米くらいの撮影をすることが出来ます。ブランコなどでの調査では概ね200平米/人くらいが標準なので現場作業時間は大幅に短縮されます。
(3) 安全性
非接触で赤外線撮影をするため、打診ハンマーで浮きなどを拡大する危険性なく調査することができます。
また、足場作業やゴンドラ、ブランコ作業の場合安全に気をつかう必要がありますが、そのようなことについてもほとんど危険のない範囲での調査ができます。
打診ハンマー、打診棒
(4) 記録性
調査は赤外線サーモグラフィで撮影しますのでデジタルデータとして記録されます。したがって手書きの記録を整理して報告書にまとめるのに比較して間違いがなく、他の技術者が見てチェックすることもできます。また画像データ(JPEG)もデジタルデータなので保管も送受信も容易で管理もしやすい方法です。
熱画像データ
(5) 経済性
足場を掛けて打診調査をすると定期報告のための調査を事務所ビル壁面積1000uの場合の概算例としては約240万円ほどかかりますが、赤外線調査なら48万円くらいで調査することができます。(凸凹などの建物形状、道路幅など周辺状況により金額は増減します)
(6) 信頼性
近年官公庁発注の外壁調査の仕様書で「JAIRA法によること」と特記されることが増えてきました。調査者まかせになっていた一連の解析手順がガイドラインで明確になったこととマニュアルだけではわからない調査解析の技術がJAIRAの資格制度(STEP1,STEP2)で担保されたことが官公庁に評価されてきたためです。弊社はJAIRA資格_STEP1,STEP2を持って調査にあたっています。
JAIRA(日本赤外線劣化診断技術普及協会)STEP2資格証
ケーススタディ 01 病院の場合
◆ (ア) 案件の内容
@ 調査の第一の目的は定期調査報告のためですが、築35年余り経過して建物の現状を把握したいということも目的の一つでした。
A 毎日多数の患者さんが訪れる上、病院スタッフ・入院患者など常時滞在する人も多く、またリネン・食事などサービス関係の人や車の出入りも頻繁で、できるだけそれらの人たちの妨げにならないよう赤外線撮影が採用されました。
◆ (イ) 事前調査と計画
@ 事前調査では適切な角度で撮影できる撮影ポイントがどこか、障害物はないか、あった場合はどんな対処方法があるかなどということを見ながら現地を踏査します。レーザー距離計で距離と角度を計測しながらの作業となります。
A 計画では各ポイントからの距離と角度を確認しガイドラインの基準に照らして解像度や角度が条件を満足しているかチェックします。見上げ角度については現地で概略チェックしていますし解像度も距離計測からだいたい把握できていますが、計画時に再度作図や計算で確認します。その結果解像度が不足する場合は望遠レンズ、距離が近すぎる場合は広角レンズを準備します。どんな割付で撮影するかもこれらの準備作業から割り出されます。
◆ (ウ) 撮影実施前の準備と当日の撮影
@ 調査予定の1週間位前から週間天気予報を毎日チェックし当日の撮影に備えます。予報では天候は曇時々晴れ、気温は最低22℃最高30℃日較差8℃、風速3m、と気象条件は問題ありません。
A 予定通り調査を実施しました。残暑の中、壁面の受けとる熱量が多いことと、安定的な温度上昇傾向が続いたことで浮き部と健全部の温度差が出やすい温度環境でした。撮影時の温度データを次に示します。
西面温度計測データ(赤線は壁面温度、青線は外気温)
北面温度計測データ(赤線は壁面温度、青線は外気温)
◆ (エ) 解析
古い建物のため仕上げ下地がわかりにくい、補修工事履歴がわかりにくいなど建物の情報が少ない中での調査となりました。温度環境としては温度勾配が取れており、壁面が受ける熱量も大きいため、浮き部と健全部の温度差も出ていました。熱画像の解析の例を表示します。
ケーススタディ 02 ホテルの場合
◆ (ア) 案件の内容
@ 直接の目的は定期調査報告のための外壁調査ですが、バルコニー床についてのチェックも含めて調査したいというケースです。
A 毎日宿泊客が入れ替わり終日休むことのないホテルという性格上宿泊客にできるだけ負担がかからないよう、赤外線での調査をしました。ただし、道路幅の関係で撮影角度が急角度になる部分についてブランコによる打診を併用しました。
◆ (イ) 事前調査と計画
@ 事前調査では適切な角度で撮影できる撮影ポイントがどこか、障害物はないか、あった場合はどんな対処方法があるかなどということを見ながら現地を踏査するのはどのような案件でも共通事項です。この案件では西側道路が狭いため建物西面の一部が見上げ角度が急角度になり適切な熱画像が撮影出来ない可能性が高いという状況でした。
A 計画では各ポイントからの距離と角度を確認し基準となるガイドラインに照らして解像度や角度が条件を満足しているかチェックしますが、今回の場合は上記のように西面の一部の撮影角度に条件の厳しいところがありました。そのためここは隣接建物屋上を利用させていただく方法とブランコによる打診調査の二本立てで計画をしました。
◆ (ウ) 撮影実施前の準備と当日の撮影
@ 調査予定の1週間位前から週間天気予報を毎日チェックし当日の撮影に備えます。予報では日中は晴れ夜になって雨、気温は最低19℃最高24℃、日較差5℃、風速3?4m、と天候・風速は問題ありませんが日較差が若干少ないのが気になります。しかし撮影時間帯は安定した日射が得られ風も強くない、それから打診調査のために後日もう一度現地調査に来る予定でその日が予備日と位置づけられる、ということで撮影調査は実施することになりました。
A 当日は予定通り調査を実施できました。日較差が心配されましたが7℃以上あり、温度データでわかるように南側壁面で1時間当たり4℃程度の温度上昇がありました。その傾向が続いたことで浮き部と健全部の温度差が出やすい温度環境でした。
南面温度計測データ(赤線は壁面温度、青線は外気温)
B 計画上10mくらいの幅で赤外線撮影の難しい部分がありブランコによる打診調査と隣接ビル屋上からの赤外線撮影の二本立てで計画しましたが、時間的な制約がありブランコでの調査としました。結果的にはその後隣接ビル屋上からの撮影も可能となったため二つの方法で調査を実施しました。
◆ (エ) 解析
@ 温度環境としては前述のように温度勾配が取れており、壁面が受ける熱量も大きいため、浮き部と健全部の温度差も出ていました。熱画像の解析の例を表示します。
A 築25年とは感じさせないきれいな外壁面をもった建物でしたが、調査の結果一部劣化の見られたバルコニーと一部壁面の補修工事を進めることになりました。直射日光にさらされる西面は寒暖の差が大きくバルコニーなどによる緩衝効果もないので劣化が進みやすいものと思われます。
ケーススタディ 03 共同住宅の場合
◆ (ア) 案件の内容
@ 定期調査報告義務はない建物ですが、築年数が25年になるので老朽化の度合いを調べるという目的で調査をしました。
A 閑静な住宅街にある賃貸マンションのため静かで目立たない赤外線調査が採用されました。
◆ (イ) 事前調査と計画
@ 事前調査では適切な角度で撮影できる撮影ポイントがどこか、障害物はないか、あった場合はどんな対処方法があるかなどということを見ながら現地を踏査するのはどのような案件でも共通事項です。この案件では対象面(北面)前面には駐車場があり撮影角度は問題ありませんでした。
A 計画では各ポイントからの距離と角度を確認し基準となるガイドラインに照らして解像度や角度が条件を満足しているかチェックしますが、今回の場合は特に問題になるような撮影ポイントはありませんでした。
◆ (ウ) 撮影実施前の準備と当日の撮影
@ 調査予定の1週間位前から週間天気予報を毎日チェックし当日の撮影に備えます。予報では天候は晴れのち曇、気温は最低―1℃最高10℃日較差11℃、風速2m、と天候・風速・日較差は問題ありませんが気温が低いので温度感知精度がそれに伴い若干低下すると思われ、温度勾配と壁面の蓄熱状況を見ながらいいタイミングで撮影するようにします。
A 当日は午前中晴れて風もほとんどなく順調に温度が上昇傾向を保ち、予定通り調査を実施しました。撮影時の温度データを次に示します。
北面温度計測データ(赤線は壁面温度、青線は外気温)
◆ (エ) 解析
1日の最高気温と最低気温の差(日較差)は10度以上あったものの、気温自体は最高でも8度と寒い日でした。北側でもあり、外壁表面の温度差は出にくい温度環境でありましたが、順調に温度が上昇する温度勾配が保たれ、変状部タイルと周囲のタイルとの温度差が出ていました。熱画像の解析の例を表示します。
ケーススタディ 04 店舗ビルの場合
◆ (ア) 案件の内容
@ 定期調査報告のための外壁調査ですが、築31年になるので建物自体のチェックもかねて調査したいというケースです。
A 人通りの多い駅前商店街にあり建物自体も様々なテナントの入居するビルなので人の出入りも多く店の営業の妨げにならないよう、赤外線での調査をしました。
駅前商店街で賑わっている現地
◆ (イ) 事前調査と計画
@ 事前調査では適切な角度で撮影できる撮影ポイントがどこか、障害物はないか、あった場合はどんな対処方法があるかなどということを見ながら現地を踏査するのはどのような案件でも共通事項です。この案件では最上階パラペット付近に斜めの壁(斜壁)があり地上からは撮影の困難だったため、この部分については屋上からの打診調査としました。また、1階屋内の通路部分のタイル壁も調査対象としましたが屋内のため外壁のような温度差は出ないので、ここについても打診調査としました。
A 計画では各ポイントからの距離と角度を確認し基準となるガイドラインに照らして解像度や角度が条件を満足しているかチェックしますが、今回の場合は計画上ネックとなる部分はなくレンズも全て標準レンズで撮影可能の計画となりました。
◆ (ウ) 撮影実施前の準備と当日の撮影
@ 調査予定の1週間位前から週間天気予報を毎日チェックし当日の撮影に備えます。8月初旬の夏の盛りでしたがときどき雨の降る不安定な天気が続いていました。
A 当日は予定通り調査を実施しました。早朝は曇りがちでしたが温度は上昇しており正午近くになるにつれてさらに温度環境が整い撮影することができました。ただし撮影が終わったあとスコールのような雨が降ってきました。下記に温度計測データを示します。
南面温度計測データ(赤線は壁面温度、青線は外気温)
◆ (エ) 解析
@ 温度環境としては前述のように温度勾配が取れており、浮き部と健全部の温度差も出ていました。熱画像の解析の例を表示します。
A 調査の結果外壁・通路・斜壁に一部浮きが見つかったため補修工事をすることになりました。工事の状況写真を示します。
ケーススタディ 05 事務所ビルの場合
◆ (ア) 案件の内容
@ 築42年になるビルの外壁改修のための調査のケースです。
A ターミナル駅付近にあり歩道を通る通行人も多く建物自体も様々なテナントの入居する雑居ビルなので人の出入りも多く、通行の妨げにならないよう、赤外線での調査をしました。
◆ (イ) 事前調査と計画
@ 事前調査では適切な角度で撮影できる撮影ポイントがどこか、障害物はないか、あった場合はどんな対処方法があるかなどということを見ながら現地を踏査するのはどのような案件でも共通事項です。この案件では狭い道路に面した壁について大通りから斜めに見る撮影ポイントがありました。
A 計画では各ポイントからの距離と角度を確認し基準となるガイドラインに照らして解像度や角度が条件を満足しているかチェックしますが、今回の場合は計画上幅の広い道路をはさんでの撮影に望遠レンズの準備が必要な計画となりました。
◆ (ウ) 撮影実施前の準備と当日の撮影
@ 調査予定の1週間位前から週間天気予報を毎日チェックし当日の撮影に備えます。4月中旬でしたがときどき雨の降る不安定な天気が続いていました。予報でははれたり曇ったり、気温は日較差9℃と問題ありません。
A 前日は雨が降りましたが、この日は朝からいい天気で壁面も乾いており、予定通り調査を実施しました。都心のビル街のため1階はほとんど日陰になりますので5階に壁面温度計を設置しましたがそれでも別のビルの影になる時間帯があり温度環境は総合的に判断する必要がありました。下記に温度計測データを示します。
南面温度計測データ(赤線は壁面温度、青線は外気温)
◆ (エ) 解析
@ 温度データは温度計が別のビルの影になる時間帯がありましたが、総合的に判断すると温度環境としては温度勾配が取れており、浮き部と健全部の温度差も出ていました。逆に健全部より低温となっている部分がいくつか見受けられましたが、前日降った雨がクラックから浸透した部分と考えられます。熱画像の解析の例を表示します。
A この調査の後調査結果にもとづき外壁の補修工事を行いました。